iPhoneが駄目ならAndroidがあるじゃない

前回の記事「グラビアアイドルアプリ一斉削除に感じるAppleの展開戦略」にはわずかながら反響があったようで、実際に被害?にあわれた会社さんの方なども読んでくださった模様。「ご退場くださいとか酷いですぅ」などと思われてしまったようなのですが、断っておくとあれはあくまでもジョブズならそう言いかねないってことです。実際、僕たちがグラビアアプリをやっていたら、今頃「もうゴールしても良いよね。私がんばったよね。」と言いながら、悲しみの血の雨を降らせているに違いない。だがしかし、モバイルアプリ事業者を標榜するあなたには強い味方が登場する。

それは誰かといえば、もちろんGoogle先生だ。Google Androidにはそうしたルールは今のところ存在しないから、えっちいお姉さんが大量に登場するようなコンテンツを掃いて捨てるほど持っている事業者の人はそちらに移行すればいいだろうと思う。単に、それだけの話だ。iPhoneユーザの男性を悔しがらせるような、えっちぃコンテンツを花開かせればいい。今ならがっぽがっぽであろう。フォロー終わり。

前回の記事で言いたかったのは、オープンプラットフォームと呼ばれるような環境であっても、Appleのような事業者の場合はコンテンツの峻別が常に行われている、ということだ。Appleはユーザ・エクスペリエンス・デザインを最も大事にしている会社である。彼らは常にそうした観点から観察しており、害悪だと思えば切り捨てる。そのためにわざわざコンテンツメーカーにお伺いを立てるくらいなら、一方的に削除した方が経営資源を効率化できる。大変なのはコンテンツメーカーだけれど、最初からAppleはその方針を示している。iPhone市場にいるなら、常に切り捨てられる覚悟とリスク対策がいる。僕はそう言いたいだけだ。Appleの方針や方法が正しいかどうかなんて、僕の知ったことではないし興味もない。もしそれが嫌だというなら、プラットフォーマーを目指すべきだ。そのリスクを、AppleやGoogleは背負ってくれていることを、僕は肝に銘じておきたい。

ただもちろん、表現の自由や、セクシュアリティへの感受性が国によって異なる、という側面には、もちろん興味がある。アニメはクールだが、苺ましまろをアメリカの一部の人たちの前で見せれば、僕はもしかしたら逮捕されるか、サタンの使者だなどと言われてリンチにあうかもしれない。場所が場所なら、これは9割方起こりうる。宗教に対して寛容であることが信条の日本人には分かりにくい感覚ではあるが、個別の配慮をどのように行えばいいのか、というのは実に由々しき問題である。が、まぁ長くなってしまったので、えっちぃお姉さんとかわいいは正義!をデジタルでグローバルな世界で、文化的にどのように扱えばいいのかは、また別の機会に放出することにしたい。

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