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徒然日記

Immersive Media Designと技術的無意識

ブログを再開しよう再開しようと思いつつ、先延ばしにしてきたツケがそろそろ出てきました!ので、2014年は「文章系のアウトプットを増やす」をモットーに頑張ってみたいと思います。

中心とする対象読者は僕個人を直接知っている人々で、僕に対して「こないだこう書いてたけど」ができるといいなと目論んでいます。折角の新年ですので、今年やりたいなーと思っていることを2つほどまとめてみます。

1. Immersive Media Designの実例づくりに取り組む

さて、昨年あたりから、建築系の人々(具体的には建築系実況で有名な石川翔平、ブログはこちら:http://siskw.hatenablog.com/ )と合流して、モノとコトの融合とはなんぞや、ということを「Information」「Architecture」あたりをキーワードに考え始めています。これらの取り組みは今年前半くらいから世に出していきたいなと思っています。

上記に書いたようなことは数年前と比べれば理解されやすいはずです。世間では、コンピューティングとの接点が多様化し、以前よりもPervasiveな状態になりつつあるところ。Google GlassやProjection Mapping然り、インタラクションを画面以外のもので体感する機会は着実に増えていて、まだまだ汎用化には程遠いものの、今年は一定以上の盛り上がりを見せるはずです。折しも紅白のPerfumeのPerformanceで、リアルタイムマッチムーブの素晴らしい実例を見ることができたりもしましたね(残念ながら嵐のそれは見逃しました)。NHKの生中継という過酷な現場で展開されるものを、短期間で作ることにGoサインが出てしまうくらいの経験値が溜まっているわけです(下の映像はFacebookで教えてもらいました)。

参考:2012年大晦日、Perfume&嵐の舞台裏! 「第63回NHK紅白歌合戦」にみる革新的パフォーマンス
http://white-screen.jp/?p=23901

こうした例を見ると、3D関連技術は一定の転換点を迎えているのはまず間違いありません(本来の意味での「拡張現実」を達成しつつあるといえば、分かる人には分かりやすいのかもしれません)。描画系の技術がある程度成熟してコモディティ化し、今は多様なセンサーの入力や情報をフィードバックし返す仕組みが、メディアアートやデモンストレーションの域を超えて広がっていく段階にきています。

実空間を介した没入的メディアのデザイン(Immersive Media Design)を前提としたIAやUXへの要望はこれから現実的に高まっていくでしょう。「Immersive Media Design」の実際をアーキテクチャとして具現化していくことに今一番の関心があるので、今年は先ず1個か2個、プロジェクトをやってみようと思っています。

2.モバイルデザインパターンを改めて振り返る

時系列的にも、またメディアの形態としても、「Immersive Media Design」の前哨戦として現れたのがモバイル端末(端的にいうとiPhone)といえると思うのですが、突如登場した「モバイル端末のUI」が実務者の間で整理された状況にはまだないように思います。幾つかまとめられた書籍も読みましたがどれも感覚的な説明が多く、未だ、デスクトップを中心としたWIMP型のUIと、Post-WIMPともいうべき新しいUIが置かれている前提の違いを、明快に解き明かしたものはまだありません(これがそうだよ!というのがあれば是非ご教授いただけたら嬉しい!)。個人的には、この辺りにも貢献していきたいと思っています。

これからのメディアデザインを考える際に欠落しているパーツは本当にまだまだあって、先ほどから出している「没入的」というワードだけでも、実際に取り組んでみると非常に深くて難しい問いです。もはや私たちは「物理的に人を取り囲む」というだけでなく、その使用者たちの持つ「時間や状況に応じて変化するコンテクストを引き受ける」ところまでを踏まえなければならないことを知っているからです。

それらの(これから提唱されていくべき)パーツ群の中で、個人的には、技術の変化が引き起こした文化の転倒現象(ドブレがいうところのの「技術的無意識」)の問題で、iPhoneを扱うようになって我々の何がどう変質したのか、あくまで実務者レベルでの話でこそあれ、極度の単純化を避けながら理解を深めていきたいと思っています。そのためにも再度ドブレを読み直そうと思っているので、お付き合いくださる方絶賛募集中です。

それでは今年もよろしくお願いします!

注1:ちょうど、長谷川さんと浅野さんが始められた「architexture」というIAに的を絞った批評コンテンツで発表された『コミュニケーションとアーキテクチャの現景〈1〉「エゴコンテクストコミュニケーション」の時代・前編』が、大変面白いので、共有しておきます。個人的には、後者のリンクの「コンテンツの逆襲」の方が生々しくて分かりやすいと思いますので、あわせて是非。
http://www.architexture.jp/201312/172.html
http://blog.iaspectrum.net/2013/11/29/contextstrikesback/

注2:2番目の題目は、改めて「意味のエコロジーとは何か」を読み直しながら書きました。
http://www.nulptyx.com/pub_ecology.html

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ゲームセンターと外との接続性をARでどのように作るか

ARでゲームセンターに人を呼び戻すことができないか?という三宅さんの記事がきっかけとなって、twitter上で議論が盛り上がっていました。

「AR(拡張現実) × アミューズメント施設、ゲームセンター」で人を集めよう!
http://togetter.com/li/17203

なんとなく議論に参加しているうちに、いろいろ着想が出てきたのでまとめてみます。

そもそもARとは何か?
前にもblogで記事にしたんですが、カメラを通すと3Dで何かを表示する技術、というDisplayのところだけを切り取ってくると発想が活かしきれない。3Dを重ねるだけなら、Realtime Tracking and Matchmovingとでも言った方が良さそうです。なぜそれが、Argumented Reality、という名称で呼ばれるのかを押さえておきましょう。

ARでよく描かれる、スーパー未来はこんなものです。まずはわくわくしてください。

ARは、人間の認識を拡張することを目的として発展してきました。人の認識能力には、いろいろな特徴があります。視覚でいえば、錯覚がその良い例だし、ゆるやかな変化には気付きにくかったりする。そうしたときにコンピュータがうまくサポートしてあげることで、人の認知・情報処理能力を高めよう、というのがARの前提にあります。だから例えば、昨今の「AR」からは、ちょっと外れたARをお見せすると、こんなのがあります。

突いたボールがどう転がっていくかは人には認識するのが難しい。だから補助線を表示しましょう、というもの。立派に現実感を拡張し、情報処理能力を強化しています。重要なのは、視覚に重ね合わせるように表示することで「認識が拡張されること」なのです。加えて言っておくと、前者の映像は静的な情報を拡張していて、後者の映像は、動的な情報の拡張を行っています。

ARでは
・どの情報を指し示すと有効なのか(静的・動的)
・どのように表示すると、より分かりやすく視覚的に認知可能なのか
を検討する必要があります。

ARでゲームセンターを拡張しよう
以上の前提に立つと、エヴァ屹立は果たしてARなの?という疑問が沸き起こってきます。ただ、現実空間に架空のキャラクターをおくことで、場の意味を新たに作り出してしまうような方向性も重要だと僕は思っています。特に日本人には親和性の高い話でしょう。日本人が古来から行ってきた「見立て」の延長上に、昨今のムーブメントがあるように感じるからです(ただし、それをどう取り扱うかは、考慮の余地がありそうです。恐らく重要な意味があるのです)。ここでは、認識の拡張という前提に立ち戻った上で、場の見立てを考慮にいれながら、ARとゲームセンターの可能性について考えます。

三宅さんの問いは、ARでゲームセンターに人を呼び戻すことができないか?というものでした。blog+Twitterで出てきたアイデアの目指している効果は、以下のように分けられるものと考えられます。
・ゲーセンで何が起きているかを「外に」伝えること
・ゲームをゲーセンの「外に」拡張すること
・ゲーセンという場の意味を変化させること(外にいるときにもゲーセンの意味があること)
によって、ユーザがゲーセンに入ってゲームをしようと思うこと(ここが重要)。

ちなみに僕はあまりゲーセンに行かない人間なんですが、なんでゲーセンに行かないかというと、
・ゲーセンまで行くのが面倒
・操作が分からない(例えば僕なんかは格闘ゲーム触れません、怖くて)
・みんなで行くことが難しくなった
・ゲームなら、手元で出来る
ことが挙げられます(ざっとですけど)。

@mutsubeさんや@CakeTwtさんのご指摘通り、僕はTLを読んでいるうちに、これはゲームセンターという機能をどう拡張するかという問題なのではないかと考えましたが、その発想の原点には、どうやったら、今のゲーセンが抱えるこうした問題を解決できるのか?という視点があったりします。言い換えるならば、ゲームセンターという場をもう一度、今の技術を踏まえて設計し直してみると、どうなるか。これをちょっと考えてみたいのです。

ゲーセンとの距離と場所に応じてゲームの意味が変わること
まずは最初の、いろいろと面倒だという問題から。ゲーセンまで行くのが面倒だけどゲームはやりたいという欲求を満たすために、みんなPSPだのDSだのはやっています。ならば携帯とゲーセンをリアルタイムに結び、さらに見立てを導入する。iPhoneなら、かなりリッチなゲームを用意することができます。

DSを持ち込むことでゲーセンに行く価値が、という発想はあったと思いますが、ただ単につないだんじゃゲーセンに行く動機が生まれない。だから、その距離感や場に意味を持たせたい。ならば、ゲーセンを前線基地、iPhoneを補給部隊や後方支援基地として定義するような発想のゲームはありうるんじゃないかと思うのです。その上でリアルタイム性というのは、ゲームの世界の時間軸を同じにして、ゲーセンと携帯とをきちんとつないであげるためにも重要な要件だと感じます。あそこでみんな戦ってるんだぜ!でも僕はゲーセンには行けてないから、外から支援するぜ、という見立て。

もちろん、今のブラウザアプリのように、普段は体を鍛えたり農作物を育てたりしていて、ゲーセンに行くと試合ができたり、結果としてのゲームができるというのも、ありでしょう。

その上で、ゲーセンで今プレイされている様子を直感的に示すために、ARを施す。ゲーセンの方をカメラでみると何やら巨大なロボットが動いていたり、戦闘の様子がみえたりしたら、これはちょっと面白いかもしれません。しかも手元でプレイに参加することでリアルタイムに見える景色が変わるとしたら、ARの意味も十分出てきます。

みんなで出来ること=ゲームの視点を変えること
役割やゲームの方向性を微妙に変えてあげることで、ゲーセンでゲームをしている当事者とゆるやかにつながれる、というのは結構大事な視点なのではないかと思います。あるいは個々のプレイヤーの役割を、筐体と携帯で分けて考えてあげる。MMORPGでずーっとアイテム集めだけしてる人とかいますよね。あの緩さが大好きなんです。

@miyayou だとすると、Social+ARで、ゲームセンターの中と外でインタラクション考えると面白いですね。渋谷のゲーセンにいるんだけど、誰か、こっちに向けてエナジーパック撃ってくれー!!とか。http://twitter.com/shosira/status/12953975677

他にはたとえば、カップルでゲーセンに来ていて、彼氏がレーシングゲームをしていると彼女は遊べません。戦場の絆という話がありましたが、あれは同じ視点に立つゲームですよね。みんながみんな同じ操作に熟達できるわけじゃない。そこへの配慮が、今のゲーセンでは欠けているような気がするのです(僕は結構、横で観ている派なのでよく分かる)。だから、普段慣れ親しんでいる携帯で、ゲームセンターでゲームが楽しめるようにするのはインタフェースとしてアリだと僕は思います。
・ある筐体ゲームの横で、同じタイトルのミニゲームを筐体のプレイヤーと連携して楽しめる。

その上でARをどう使うか。たとえば、
・FPSしている人の横でiPhoneカメラを構えて、アシストの役割をする。
 (CCさくらでいうところの、ケロちゃんじゃないか!)
・渋谷のゲーセンにいるんだけど、誰かエナジーパックこっちに撃ってくれー!という依頼に応える
というものは考えられそうです。それなら、ゲームが得意じゃなくても出来るし筐体を大掛かりにする必要がない。

まとめ
僕自身は、今のゲームセンターと日常の接続性をどのように作るか、というのが問われていると思っています。そのときに、ゲームセンターや携帯ゲーム機の存在(意義)を、ロケーション、人、あるいは人々の関係、動機によって、動的に変えながら提案していくことが重要な切り口になると考えています。MMORPGをリアルの場に持ち込むにはどうしたらいいか、というと分かりやすいかもしれません。

・ゲーセンという場そのものに固有の意味を与えて、外部からゆるやかに接続させる。
・ゲーセンの中にゲームの世界が広がるのではなく、ゲーム世界の特異点としてゲーセンがある状態を目指す。
・多視点を許容するために、筐体以外の人々が持っているデバイスを使えるようにする。

その上で、場所と役割に応じた見立ての提示手段としてARを使う。そんなゲームの開発はとても難しそうですが、やる価値はあるのではないかと感じています。その着想からARを最大限活用する、というのは、とてもわくわくできることのように思えました。もっといろんな議論が出てくるのが楽しみです。

最後に参考記事として、ASCIIの記事も掲載しておきます。特に5〜6ページ目付近は、よく読んでいただきたい内容です。

本当の「AR」とは? ARの歴史と未来の姿を追う!
http://ascii.jp/elem/000/000/514/514146/

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日本の起業が増えない系の話について

起業やら創業やらの話が盛り上がっているようなので一言だけ。ネット界隈や雑誌で語られる起業話って、どのクラスのものなのかが、まず前提として語られないことが多いので、どうにも地に足ついた議論が少ない。ライブドア創業しますとかは、そりゃー稀少なわけで、大半はスモールスタートなわけです。喫茶店始めたいとか。だからここでは、スモールスタートの話をしようかな。

考えてみましょうよ、自営とか家族経営クラスの人はそこら中にいるでしょう?ラーメン屋のおっちゃんとかだってそうだよ。試しに近所の税務署か法務局に張り付いてみててご覧なさいな。オススメは1月10日か、7月10日の税務署前だ。毎月10日でも構わない。税務署にやってくる人の多様性は想像を超えますよ。起業はそこらに転がっている。登記をすれば誰でも社長になれますよね。そういう話じゃないって?どうでしょう?世の中の大半の人にとって自分が起業リスクを過大評価しているのか、過小評価しているか、論じるのは困難だ。しかし周囲には、経営者の立場にいる人は意外にいる。彼らはネット論壇が言うほど真剣に考えて起業したんだろうか。中身はその辺にいるようなおばちゃん・おじちゃんなのに。その辺の乖離が、どこから生じるのか、が僕は気にかかる。